「法定雇用率を達成するために採用したけれど、なかなか定着しない」「障害のある社員に任せられる業務が見つからない」「受け入れた部署から不満の声が上がっている」。企業の人事担当者からこうした相談を受けることが、ここ数年で明らかに増えています。
はじめまして、フリーランスでビジネスライターをしている藤川奈緒です。前職は人材系企業の企画部門で、途中から障害者雇用支援の部署を担当していました。そこで数多くの企業の採用現場や職場定着の取り組みを見てきた経験から、一つ断言できることがあります。障害者雇用がうまくいっている企業には、はっきりとした共通パターンがある、ということです。
2024年4月に法定雇用率は2.5%に引き上げられました。さらに2026年7月には2.7%への引き上げが控えています。数字だけを追いかけて「とにかく採用しなければ」と焦る企業は少なくありません。でも、数合わせの採用はほぼ確実に失敗します。障害のある社員の3年以内離職率は約50%という調査データもあり、「採っても辞めてしまう」という負のループに陥っている企業が多いのが現実です。
この記事では、私がこれまで取材・調査してきた企業事例をもとに、障害者雇用で成功している企業に共通する3つの条件を整理します。「うちの会社でも本当にできるのか」と不安を感じている方にこそ、読んでいただきたい内容です。
そもそも障害者雇用の「成功」とは何か
まず前提を揃えておきます。障害者雇用における「成功」とは、法定雇用率を達成すること、ではありません。
もちろん法令遵守は大前提です。未達成の場合は不足1名あたり月額5万円の納付金が発生しますし、企業イメージへの影響も無視できません。ただ、雇用率の数字だけをクリアしている状態を「成功」とは呼べないでしょう。
私が考える成功の定義は、次の3点を同時に満たしている状態です。
- 障害のある社員が戦力として事業に貢献している
- 採用した社員が長期的に定着している
- 周囲の社員を含めた職場全体にポジティブな影響が生まれている
この3つがそろっている企業は、「障害者雇用をやらされている」のではなく、「障害者雇用が経営にプラスになっている」と実感しています。
厚生労働省が運用する「もにす認定制度」の評価基準も、この考え方に近いものがあります。もにす認定は、障害者雇用の取り組みが優良な中小事業主を厚生労働大臣が認定する制度です。評価は取り組み内容(アウトプット)、成果(アウトカム)、情報開示(ディスクロージャー)の3軸で行われ、合計50点中20点以上の獲得が必要になります。単に「何人雇っているか」ではなく、「どう雇い、どう育て、どう発信しているか」が問われる仕組みです。認定基準の詳細は厚生労働省のもにす認定制度ページで確認できます。
では、この「成功」を実現している企業には何があるのか。3つの条件を順番に見ていきます。
条件1:障害特性に合わせた業務設計ができている
成功企業に共通する最大のポイントは、「この人に何ができるか」を起点にして業務を組み立てていることです。
「既存業務に当てはめる」発想の限界
多くの企業が最初につまずくのが、業務のアサインです。「今ある仕事の中で、障害のある人にもできそうなものを探す」。この発想自体が、実はうまくいかない原因になっています。
既存の業務は健常者の働き方を前提に設計されているため、そのまま渡しても合わないケースが大半です。結果として、単純作業や雑務ばかりが割り振られ、本人のモチベーションが下がり、周囲も「戦力になっていない」と感じてしまう。これが悪循環の始まりです。
さらに問題なのは、この状態が「障害者雇用はうまくいかないもの」という社内の思い込みを強化してしまうこと。一度この空気ができると、次の採用にもブレーキがかかります。
業務を分解して再構成する
成功企業がやっているのは、業務の「分解」と「再構成」です。たとえば、ある工程を細かいタスクに分解し、集中力が必要な作業、反復が得意な人に向く作業、正確性が求められる作業、といった特性ごとに再構成する。こうすることで、障害特性と業務内容のマッチング精度が格段に上がります。
| 従来のアプローチ | 成功企業のアプローチ |
|---|---|
| 既存業務から「できそうなもの」を探す | 業務を分解して特性に合う形に再構成する |
| 単純作業・補助業務に限定しがち | 専門性のある業務も切り出しの対象にする |
| 本人の適性より業務の都合が優先される | 本人の得意分野を起点にアサインする |
| 一度決めた業務を固定する | 本人の成長や変化に応じて業務を見直す |
業務設計がうまくいっている企業の実例
この「業務の切り出し」を高いレベルで実践している例として、GISデータ処理やバリアフリーマップ制作を手がける株式会社T.D.Sの企業情報が参考になります。
同社は1985年に東京都初の重度障害者雇用モデル企業として設立され、現在は国際航業株式会社の特例子会社として運営されています。従業員46名のうち32名が障害のある社員で、全体の約7割を占めます。
注目すべきは事業内容です。地理情報データの入力・変換処理、管理台帳図の作成、バリアフリー調査といった、正確性と集中力が求められる業務を中心に据えることで、障害のある社員が主力として活躍できる事業モデルを確立しています。特にバリアフリー調査では、障害のある社員自身が企画や現地調査に参加することで、当事者ならではの視点を活かしたサービスを提供しています。2023年にはもにす認定も取得しました。
「障害者にもできる仕事を探す」のではなく、「障害のある社員の特性を活かせる事業をつくる」という発想の転換。これが条件1の本質です。
条件2:支援体制と職場環境を継続的に整備している
採用時の配慮だけでは不十分です。成功企業は「入社後も変化し続ける支援体制」を持っています。
ハード面の整備は入口にすぎない
バリアフリーの設備やICT支援ツールの導入は、もちろん大切です。ただし、これらは「あって当たり前」のスタートラインであって、それだけで定着率が上がるわけではありません。
成功企業がハード面で意識しているのは、「一度整備して終わり」にしないことです。障害の状態は年月とともに変化する場合がありますし、業務内容が変われば必要な環境も変わります。半年に一度、あるいは年に一度、本人との面談を通じて環境の見直しを続けている企業ほど、長期定着につながっている傾向があります。
たとえば車椅子利用者向けの通路幅の確保、デスク周りの配線整理、障害者用トイレの設置といった物理的な配慮は基本です。加えて、音声読み上げソフトや画面拡大ツール、業務用のマニュアル整備など、個別の障害特性に合わせたICTツールの導入も重要になります。
ソフト面の支援が定着を左右する
ハード面以上に重要なのが、人的な支援体制です。成功企業に共通して見られる仕組みを整理します。
- ジョブコーチの配置や外部支援機関との連携体制がある
- 障害のある社員が気軽に相談できる窓口やメンター制度が機能している
- 同じ部署の社員に対して障害理解の研修を定期的に実施している
- 定期面談を通じて業務負荷や体調の変化を早期にキャッチしている
- 通院や体調管理のための柔軟な勤務時間制度がある
特に「相談のしやすさ」は見過ごされがちですが、離職の大きな原因になります。問題が表面化してから対応するのではなく、日常的に「困っていることはないか」を確認する仕組みがあるかどうか。ここに差が出ます。
精神障害のある社員の場合は、体調の波が業務パフォーマンスに影響することも少なくありません。成功企業では、「調子が悪い日は業務量を調整できる」「休憩を柔軟に取れる」といった仕組みを制度化しています。属人的な配慮ではなく、仕組みとして定着させていることが重要です。
高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)では、ジョブコーチの派遣や職場定着のための助成金制度など、企業が活用できる支援メニューを幅広く提供しています。自社だけで抱え込まず、こうした外部リソースを積極的に使うことも成功企業の共通点です。
条件3:経営層がコミットし、全社的な文化をつくっている
3つ目の条件は、組織のトップが障害者雇用を「経営課題」として位置づけているかどうかです。ここが弱い企業は、制度を整えても現場で機能しないことが多い。
人事部門だけの取り組みでは限界がある
障害者雇用を人事部門の仕事として閉じてしまうと、現場の理解はなかなか進みません。「人事が勝手に採用してきた」「うちの部署には関係ない」。こうした空気が生まれると、どれだけ制度を整えても形骸化します。
成功企業では、経営トップが障害者雇用の意義を社内に発信し、中期経営計画や経営理念に明文化しています。「社長が本気だ」と現場が感じられるかどうか。これが文化をつくる起点になります。
「法律で決まっているからやる」と「当社の価値観として推進する」では、社内に伝わるメッセージがまったく違います。後者の企業では、障害者雇用を「コストセンター」ではなく「ダイバーシティ経営の一部」として捉えています。
現場の巻き込み方にも工夫がある
トップダウンだけでもうまくいきません。成功企業は、現場レベルでの巻き込みにも力を入れています。
- 管理職向けの障害者雇用研修を定期的に実施している
- 受け入れ部署と人事部門が連携して業務設計を行っている
- 障害のある社員の活躍事例を社内報やミーティングで共有している
- 部署ごとの受け入れ実績や定着率をモニタリングし、改善につなげている
- 現場の管理職が採用プロセスに参加している
ここで大切なのは、「理解を求める」だけでは不十分だということです。「一緒に働いてみたら、思っていたより普通だった」「この業務は任せて正解だった」。こうした実感が積み重なって、初めて文化が根づきます。成功企業は意図的にこの「小さな成功体験」をつくり出している。研修で知識を入れるだけでなく、実際に一緒に働く経験そのものが最大の研修になっているのです。
成功企業から学ぶ、明日からできること
3つの条件を見て「うちにはハードルが高い」と感じた方もいるかもしれません。でも、すべてを一度に完璧にする必要はありません。小さなステップから始めることが大事です。
まずは自社の状況を整理するところから。以下のチェックリストを使ってみてください。
- 障害のある社員の業務内容は、本人の適性に合っているか
- 業務のアサインは「既存業務の余り」になっていないか
- 定期的な面談の仕組みはあるか、形骸化していないか
- 相談窓口やメンター制度は実際に機能しているか
- 経営層は障害者雇用について社内に発信しているか
- 管理職向けの研修は実施されているか
- 障害のある社員の活躍事例を社内で共有しているか
- 外部支援機関(JEED、ハローワーク、就労支援センター等)と連携しているか
すべてに「はい」と答えられなくても問題ありません。「いいえ」が多い項目から優先的に手をつければいい。大切なのは、現状を正直に把握することです。
また、厚生労働省の障害者雇用対策ページでは、企業向けのガイドラインや各種助成金の情報がまとまっています。障害者雇用に関する助成金は種類が多く、トライアル雇用助成金、障害者雇用安定助成金、職場適応援助者助成金など、自社のフェーズに合ったものを選べるようになっています。制度面のサポートは年々充実してきていますので、使えるものは積極的に活用しましょう。
まとめ
障害者雇用で成功している企業には、3つの条件が共通していました。
- 障害特性に合わせて業務を設計していること
- 支援体制と職場環境を継続的に整備していること
- 経営層がコミットし、全社的な文化をつくっていること
法定雇用率の引き上げが続く中、「数を満たすための採用」から「戦力としての雇用」に切り替えられるかが、これからの企業の分かれ道になります。
完璧な体制をいきなり整える必要はありません。まずは今の職場で「業務の切り出し」を一つ試してみる、「月1回の面談」を始めてみる、「経営会議で障害者雇用の議題を出す」。小さな一歩でかまいません。その積み重ねが、数年後に「うちの障害者雇用はうまくいっている」と言える状態をつくります。
障害者雇用は、きちんと取り組めば企業にも働く本人にもプラスになる。私は多くの企業を見てきて、そう確信しています。
